遅れてきた母

先日、とあるお母様と飲む機会があった。そこで、会えるとしたら一番誰に会いたいかという話をしていたところ、彼女は三歳の時の自分の息子に会いたいと言った。ちょうどその頃、いろいろ夫婦間でモメて、ほとんど子供の相手をしてやれなかったという。
「そのくらいの子供って一番お母さんに甘えたいときでしょ? それなのにちっとも相手してやれなくて。ほんとに残念」
としみじみと言った。母には母の悩みがあれど、子供には罪がない。彼女はそのことをとても後悔しているのだという。
「それでね、この前思ったの。私、息子に『愛してる』って言ったことがなかったなってね。それに気づいて、大学の寮にいる息子にすぐに電話して、『愛してるよ』って言ったの」
ずいぶんと率直なお母さんである。
「で、その時息子はね、お母さん自殺するんじゃないかって思ったんだって(笑) 急にそんなこと言い出したから・・
「でもその後ね、息子が彼女にフラれて家に帰ってきたことがあったの。それでね、ウチで泣いてるの。寮じゃ泣けないでしょ? それでその時思ったの。ああ、私の前で息子が泣いてるの初めて見たって。それで息子は私のこと認めてくれたんだなって思ったの。私は何も声かけなかったけどね。・・・で、その後、『一緒にご飯でも食べに行く?』って聞いたら、『ああ、行こか』って。私とご飯を食べに行くのなんてそれまで絶対嫌がってたのにね。・・・あれ? なんで高橋君まで泣いてるの?」
「ええ話や・・(T_T) それはね、愛情がなかったのはその息子さんにとってずっと欠損やったんですよ。成長していってもずっと穴があいてて。でもね、お母さんがその言葉で穴を埋めてあげたんですよ、きっと。そういうのって遅くなってもちゃんと言うべきですよ。」
「そうね。言ってよかった」
「うん、自己弁護とか罪悪感からじゃなくて、ほんとに愛してたら伝わると思いますよ。」

そういえば、そのお母さんの、そのまたお母さんは、彼女を放りっぱなしで、ロクに教育してもらったことがないという。酷い母親だったとか。しかし、彼女は子供が成長するに連れ、いろいろ考えて子供をしつけ、わからないことがあったら一緒に図書館に行って調べたという。彼女はこうも言った。
「子供を育てることによって私も成長できたのよ。ダンナは子育てにちっともかかわらなかったから、かえって損してると思う。」
と。こういうお母さんを見ると、虐待の連鎖なんて単なる怠けた言い草だなと思う。
「高橋君、箸の使い方が違う!」
と私までしつけ始めるその顔は、しっかりとしたベテランの母の顔だった。自信に満ちていた。

日記才人投票