捨てられて

恋人から捨てられるというのは、なかなか辛い経験である。最後に捨てられたのが何年前だったかはもう忘れてしまったが、先日ふとしたきっかけでそのシーンをまざまざと思い出した。
それは多分、新たに恋に落ちかけたからで、その恋に落ちるポイントまで下がっていくと、その昔の思い出が呪いのように立ち上がってくるのだろう。
捨てられてからも、何度か付き合ってはみたものの、心にグッと来ることはなかった。多分、それはくるぶしまで水につけてみるといったくらいで、胸まで水に浸からなかったというか、過ぎ去るだけの恋愛だったのかもしれない。或いはそういうのを無意識的に避けていたのだろう。忙しかったし、まぶた越しのうっすらとした光が通り過ぎた様子だった。
だが、先日、ある女の子がいきなり心理的に近くに来て、それは一瞬だったけど、胸まで水に浸かってしまった。ドキリとした。同時に過去の痛みが蘇ってきた。
多分、新しい恋というのは難しいなと感じる。何年か寝かせてはみたけれど、ちっとも傷は癒えてなかったのだ。ただ、遠くから眺められるようになったということ(それはまるで他人事のように)、日常でほとんど思い出さなくなったということくらいだ。
でもこれって本当に生きているということなのかな、とも思う。
穏やかな日常。波風の立たない付き合い。自分の支配下にある関係。もみくちゃになる恋愛というのはもうしないのだろうか?
件の女性は幸いなことに薬指に指輪をしていた。選択外。
幽霊は少しだけその手を伸ばし、頬に触れ、帰って行った。
後には一抹の寂寥感が残った。

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