ディープなインパクト

ちょっと旅に出てる間にエライ目にあった。わずか3日留守にしただけなのに、パソコンが激しくクラッシュ! 自作PCのマザーボードが逝ったようで、それに伴ってメインのハードディスクが死に、なんだかんだでデータ用HDDまでクラッシュ。哀しい。その他にも信じられないほどの不幸が友達連れでゾロゾロとやってきて参った。8月にJフォン関係で不幸のコンボを食らったからしばらくはないと思ってたけど、わずか1ヶ月でまた来た。今年は大殺界なのか? 踏んだり蹴ったりである(;´`)


でもこういう激しい不幸を招く展開になるには一定の要因がある。


(1)意に添わぬことを無理やりしてる場合
(2)無理に何かを我慢してる場合
(3)激しい怨念を抱いてる場合
(4)孤独な場合
(5)大事な何かから目をそらそうとしている・逃げている場合
(6)迷いがある場合
(7)過去に恐ろしい不幸に見舞われ、それとの再遭遇を怖がっている場合


こんなところか。要するに後ろめたいと不幸はやってくるのである。自分のやりたいことをやりたいように世の中に背かぬようやっていると大体幸せの方に行く。逆に警察の手から逃れた犯人が不幸に見舞われるように、何か世の中に背いて無理してると不幸は喜んでやってくる。
こんな時、立ち向かうには「憎まず、恨まず、僻まず」であると思う。下を向かない。怖がらない。きちんとしたルールに沿うということである。そうすることで少なくとも不幸のループからは逃れられる。カラに閉じこもらず、前に出て裸で戦うこと。
でもまあ、そうやってもどうにもならないことっていうのは少しあるけど。例えば人の不幸の上に自分の幸せが成り立ってる時とか。どうしても安定な収入が得られないとか。思わず目をそらしたくなる。
痛みを感じる世界だなぁと思う。痛みを感じるからこそ、いい気持ちになる時もあるんだけど。けして空想の存在ではなく、いろんな痛みが交錯する世界で生きている。私は長い間、ちょっとした非現実感の衣のようなものに包まれていたけど、多分それによって自分を守ろうとしたのだろうけど、衣をとってみたらやはり辛いことも多い。ザラザラな感じ。みっともないことも多々ある。でもそんな時、友達に助けられたりするありがたみも以前よりよくわかる。うっひゃーってくらい、救われたりする。ちょっとした出会いに何か壁の隙間の光に近いものも感じる。傍観者からプレイヤーへ。そうなりつつある。
してみると、今コンボで来ている不幸は衣の中で惰眠をむさぼっていたツケなのかもしれない。ちゃんとギャップはできていて、今さや寄せされているのかもしれない。
まあ、だとしてもとんでもなくすげえコンボだったな(笑) やれやれ。心機一転でまた頑張っていくぞ。

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