狭い道ながらも確実にある未来への希望

なんとなく最近、根気がねーなぁと思う。サザンツーリストの件も忙しさにかまけて消費者センターに電話するの忘れてるし、なんかむざむざと資本主義的プラスチックコミニュケーションに負けている感じ。結局いろんなクレーム事象はどんだけ抗議しても最後には抗議したものの労力負けになるし、腹いせしたくてやってるわけじゃないので、善良な一市民は途方にくれるのである。

しかしこういうことが細かく積み重なっていくとやる気というものはなくなる。何か「よし、世の中はちゃんと動いているぜ」的なものを見かけるといいのだけど。とにかく報われる・報われないというのはやる気ということに関してかなり効いてくる要素である。

また、あきらめてしまうというのはかなり楽な分野に属する。あきらめという自虐的な甘美の元に努力を放棄できるので。あきらめてしまってる奴は人間のクズだなぁと思う。結局努力したくないだけって感じ。「どうせ」の名のもとに無条件降伏。けだし負け犬である。

やっぱりあきらめたら試合終了なのだと思う。根気は「狭い道ながらも確実にある未来への希望」を信じて、具体的な努力を推し進めるところから生まれる。100%の負けというのはほとんどありえないし。あきらめの誘惑をふりきって辛い道を進むのが正解である。


日記才人投票