多摩川の怪物

私は釣り糸を垂れる時、わりと孤独になるのが好きである。シンとする河原でたまに立橋の上を電車が走っていく。夕日も沈んでそろそろ暗くなる頃だ。
…と。1人の少女が私のそばに近づいてきた。どうやら異国の女の子らしい。14歳くらいか。ブラジル人といった感じで、髪は黒とグレーの中間くらい。よくやけたウエストがシャツの下にあり、ローライズのジーンズの後ろには育ち始めた尻の割れ目がうっすらとのぞいていた。

どうしてこんな時にこんな所にいるのかわからなかった。ちょっと離れた所には気の荒いホームレスもいるし、暗くなっているのだ。親はどうしているんだろう。
でも私は自分の静寂の中に閉じこもって、釣り糸を見ていた。どうしようもあるまい。

しばらくすると、少女は寄ってきた。そして私の竿の穂先を見ている。人間関係にちょっと疲れ気味の私にはわずらわしい視線とも言えたが、多分少女は寂しいのだろう。私はさっきからかかっていると思われる小魚を見せてやることにした。ほんとは巨鯉をまっているのだが。

キリキリとリールを巻くと15センチくらいの銀鱗がキラキラと水の中で揺らめきながら帰ってきた。私は釣り上げて、少女に見せ、ちょっと微笑んだ。少女は口を小さく丸くすぼめて驚いた様子で、そしてその後マーガレットのようなパッとする笑顔を見せた。

「早く家に帰った方がいいよ」
「…?」

日本語が通じない? じゃあということでホームホームと言うと理解したのか、少しうつむいて、ちょんちょんとテトラポットの上を足を弾ませて帰っていった。でも帰る姿はなんとなく背を丸めていた。あの感じはわかる。多分、家に帰っても誰もいないか、或いは、ちょっと家を出てなさい、と男を連れ込んだ母親に言われてたりして…なんて暗い想像も走った。まっすぐな花が場違いなところにいるような感じ。子供はいつでも素直なのに…なんて少し人生の哀しみについて考えていた。

すると脇でズズズズという音。はっとした時にはすでに遅く、もう一本出しておいた延べ竿が一気に持っていかれるところだった。しまった! 巨鯉に違いない…。
しかしこの時はまだ慌てていなかった。竿にリールの仕掛けをキャスティングすれば引き戻せる・・・と。
だが、その魚は怪物のようだった。かつてある池で竿を取られた時、池の中央まで竿は走ったがちゃんと回収できた。しかし今日の魚は何だ! なんと竿を川底へ引き込んでいくではないか!  まさか4.5mのロッドと浮きが…。どんな怪物なのか!?

その後、竿が浮いてくるのを待ったが1時間たっても竿は消えたままだった。いったいどこに消えたのか。まさに多摩川の怪物である。上下100mを見回しても影すら見えない…。2000円のロッドとは言え、釣り師が竿を取られるとは屈辱である。

まあ、あの少女に格好悪いところを目撃されなくて良かったか…。

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